残された人生の生き方を求めて

平均寿命まではまだまだですが、50代後半に差し掛かって、残された時間で、本当に知りたかったこと、そしてその答えを探していくなかで、お念仏に出会いました。私の考えたことや、その手助けになった本や体験を書いていきたいと思います。

慣れていくこと

近頃はこのブログで、私の辛かった経歴に触れるようになりました。離婚であったり、それに伴う子供たちとの別れであったり、倒産や破産だったり…。
ブログを始めたころはほとんど書かなかったのです。それらを書くようになってきたのは、今はその辛さから抜け出しつつあるからかな、と思います。

一方で、そうなってきた自分に、ちょっとした不安もおぼえるのです。
今の生活は、かつての辛い出来事が続いた日々に比べると、平和そのものです。
経済的には厳しいのは相変わらずだし、家族もいない一人の生活を続けています。それでも、度々法話の席に参加できたり、仕事でも大きなストレスもない毎日は、かつての日々に比べると平和です。
この穏やかな日々こそ、私が求めていたものなのでしょう。
ところが、近頃、この生活にも慣れてきてしまった感じはするのです。

プライベートや仕事のトラブルから抜け出して、全く違う土地に越してきたのが約1年半前、新しい仕事について、その当初は不安はあれど、安堵感ともいえる喜びの心もありました。
でも今は、その時ほどの喜びは感じられない自分に気が付くのです。
先ほど書いたように、平和な毎日に感謝はしているのですが、その感謝も、はじめのころのような、それこそ地獄から抜け出したような気持ちではないのです。
今に感謝しなきゃ、と思う気持ちが働いて、感謝している、そんな感じでしょうか。

慣れちゃいけない、今の平和な日々に慣れちゃいけない、過去の地獄を忘れちゃいけない、と思うことがあります。過去の地獄を忘れたい気持ちもあるはずなのに、おかしなものですが。

人は(というより自分は、ですかね)慣れてしまう生き物なのでしょうか。
幸せな暮らしにもすぐに慣れて、不満を持つようになる。本当にお金がないときは、千円でもあれば、と思っていたのに、生活が落ち着いたら、あと一万円あれば、と考えてしまう。仕方がないことなのでしょうか。

ですが、「慣れる」ということにも良い面があるのではないか、とも思うのです。

それは、自分にとってつらい状況にも、慣れることができて、そのつらい気持ちを忘れていくことができることです。それは、自分にとってはよいことでしょう。
自分にとって良いことは忘れたくないですし、慣れていきたくないです。ですが、仮に、過去を忘れて今の状態に慣れていく能力がなかったとしたらどうでしょう。
自分にとって悪いことにも慣れることができず、忘れることもできないとしたら、それは辛いことではないでしょうか。

例えばいい人との出会いがあり、「ああ、この人に会えてよかった」と思っても、その喜びや感謝の気持ちは薄れていってしまいます。確かにそれは喜ばしいことではありません。
ですが、例えば職場で自分にとって嫌な人と出会って、「この人といるのは嫌だな」と思っても、徐々に慣れていく。そして、苦手な人だけど、まあ何とかやっていけるようになる、それも「慣れ」ということではないでしょうか。

「慣れ」というものも、私が生活していく上では必要なものなのかもしれません。
もちろん、感謝の気持ちを忘れるべきではないのでしょうが、それが薄らいでいってしまうことも、仕方がないことであり、過去が薄らいで今に慣れていくからこそ、悪いことに遭遇しても何とかやっていける気がします。

しかし、こう考えると、要は自分にとって都合の良いことは忘れずに慣れてしまいたくない、都合の悪いことは忘れて慣れてしまいたい、という自己中心的な自分に気が付かされます。
それこそが仏教でいう、あくまでも自己中心の捉え方しかできない煩悩にとらわれた身ということなのでしょう。そして、そこから自分の力で抜け出ることは、とても不可能だ、と思い知らされます。
それを思うと、阿弥陀仏の本願が、いかに私にとって意味のあることが実感できるのです。

阿満利麿先生の講演会に参加して

先日、京都の法然院で、阿満利麿先生の講演会がありました。
阿満先生の書かれた『選択本願念仏集 法然の教え』(阿満利麿=訳・解説 角川ソフィア文庫)を題材にした内容です。
この2年ほど、新型コロナの影響で、阿満先生の講演も無くなり、久しぶりにお話を聞くことができました。

いつのもように、聞くことに集中したいので、細かなメモはとっていません。ですから、これから書く内容を阿満先生が見たら「私はそう言っていない」「そういう意味ではない」いう個所もあるかもしれません。
なので、あくまでも私の心に残った内容を、私というフィルターを通して記録したものとして読んでいただきたいです。
講演は『選択本願念仏集』の解説だけではなく、念仏の教え全般にわたりました。

 


 

ただ、一向に念仏せよ

歳をとってきて、若いころにできたことができなくなることもあるけれど、よかったと思えるところもある。
それは、「ただ、一向に念仏せよ」ということが実感できるようになった、ということ。
なにか立派なことをしている気持ちや、特別な思いを持ってするのではなく、ただ念仏をする。
称名念仏によって、すでに救われている。阿弥陀仏の救いは完成しているのだ。

わからない因果を知ろうとすること

すべての因果、因縁を知っているのは仏のみ。
だけどそれを知ろうとしてしまうのが人間であり、知ることのできないことを知ろうとすると、どうしても無理が生じて不安になってしまう。
人には仏の知恵はないのだから。

人情について

人に「気持ち」がある証拠だ。だけど因果が分からないから、完全な慈悲の実行はできないのが人間だ。

念仏を行うようになって

猪突猛進の人間だった私が、念仏の功徳によって「ちょっと待て」と立ち止まる力が生まれた。

念仏の利益

念仏は現生利益を求めるものではないというが、念仏には明らかな利益がある。
それは、この言葉に現わされている。
「罪悪も業報を感ずることあたはず」(『歎異抄』第七章)
私たちに、辛いこと、大変な不幸が起こって、心が大きく動揺することがあるかもしれない。
私たちが過去に行ってきたことによって、何かしらの報いを受ける。そしてそれは避けることはできないし、そういう因果の法則を仏教は否定するものではない。
だけど、その私たちを襲ってきた出来事(過去の報い)によって、動揺はしたとしても、心がズタズタになることはない。
それが念仏の功徳である。

摂取不捨

摂取不捨とは、「今、救われている」という意味である。
法蔵菩薩はすべての人を救う願をたてて、それが成就して阿弥陀仏になられた。だから、我々はすでに救われているのに、それに気が付いていない。
自分の立場で「摂取不捨」ということを推し量っているから、自分が救われていると感じられないのだ。
一度、仏の立場で考えてみたらどうだろう。阿弥陀仏からすれば、すべての人はもう救われているのだ。
それに気が付いていないから、念仏が口からでてこないのだ。

日本の仏教界について

あるたとえで、日本の仏教は2階建てだという。
2階には僧侶や学者をはじめとする、仏教を学んだ人たちがいて、1階に一般の人達がいる。
そして、1階と2階には階段がない。
私たちは生きていく根拠が欲しいのだ。これさえあれば生きていける、そういうものが欲しいのだ。
仏教にはそれがあるはずなのに、1階と2階がつながっていない。

 


 

講演の後に参加者を交えての質疑応答がありました。その中で私が印象に残ったやりとりを、私の解釈や感想を交えて書き留めておきます。

ニヒリズムに陥りそうな自分を感じ、仏教の教えを聞いているという参加者がいました。その人に対して阿満先生は、ニヒリズムは結局「エゴイズム」ですよ、と返されました。
阿満先生はそれ以上の言葉を続けませんでしたが、その言葉を聞いて私は、「ニヒリズム」に陥るのは、自己中心的な見方、これは「自己中」という狭い意味ではなく、「私」という視点から物事を見ていること、つまり「煩悩」から起こっているからではないか、と思いました。
ニヒリズム」も「煩悩」のあらわれなんだ、と阿満先生の言葉を私は受け止めました。

また、ある参加者は、自分の伴侶は浄土の教えに理解を示してくれない、これでは一緒にお浄土へ行くことができない、どうしたら相手に理解してもらえるのか、と質問しました。
それに対して阿満先生は、まず阿弥陀仏から話を始めない方がいいと言われました。「自分はアホだ」という認識からスタートしてもらう方がいいでしょう、と答えられました。

その他、ここには書ききれない様々な質疑応答がありましたが、最後に阿満先生は言われました。

…本当は私(阿満先生)のようなゲストは脇役で、このように皆さん(参加者)がどういう思いを念仏に対して感じて、暮らしているのかを話せることが大切で、皆さん一人一人がそのような場を持つことができたら素晴らしいことです…

阿満先生のように大学で教鞭もとられていた、いわゆる「学者」(この言い方は阿満先生は嫌がるかもしれませんが)の先生が、このような発言をされることに心を動かされました。
私も、そう思います。
まさに私は、そういう場所を求めて、この日の講演会に参加をしたのですから。

「不安」や「苦しみ」の上書き

近頃、昔の辛いことが思い返されます。

2,3年前の出来事が多いです。
あのころ、私は離婚問題が沸き上がり、仕事にも行き詰まっていました。
その当時を思い返すと、自分自身を責める気持ちも起こるのですが、同時に他の人に対しての怒りもよみがえってくるのです。

それらの苦しい体験を通してわかってきました。
直接的な原因は私であったり、他の人であったり、具体的な出来事にあったりするのですが、結局はすべて自分が招いてきたことだと思います。そして自分には理解しきれない「宿業」の存在を感じ、親鸞聖人の『歎異抄』の言葉が思い返されるのです。
ですが、これらのことを理解し納得できても、心の奥底では、まだ他人を恨み責める気持ちが消えないことに、愕然としてしまいます

2,3年ぐらいでは消えることはない思いなのでしょうか。いったいいつになれば、こういう心から自由になれるのでしょう。
人を恨んだり責めたりすることは悲しく苦しい心です。そういう気持ちを抱き続けているのは、私自身にとっても辛いことです。
以前、記事で紹介した本、『どうせ死ぬのになぜ生きるのか』(名越康文著 PHP新書)の中に、次のような一文があります。

怒りというのは「それ自体」が心にダメージを与える

他にも法話を聴いてきた中で、怒りの感情が自分自身に与える影響の大きさを知りました。

そもそも、過去の出来事を恨み、他の人を責めることによって、私自身の気持ちが楽になり、心が晴れるはずはないのです。自分がさらに苦しみ、心のダメージが広がることは間違いないでしょう。
このことも頭では十分理解できているはずです。なのに…。

そう考えているうちに、ふと思ったのです。
特に最近、過去の苦しかっことが思い返されるということは、単純に今現在、他に不安や心配事がないからなのでは? と。

様々な出来事があって、私は1年半ほど前に生まれ育った土地を離れ、ほとんど所持金もないまま新たな街に引っ越しました。もちろん仕事も失い、新しい仕事を探さねばなりませんでした。そして半年前には少し条件の良い新しい仕事をみつけることができて再度転職し、今(2021年12月)に至っています。

引っ越した当初や、職を探したり転職したばかりのころは、不安で頭はいっぱいでした。
でも幸いなことに、暮らしも落ち着いてきました。そして現在の仕事に就いて半年が過ぎましたが、職場の雰囲気も良く、大きなストレスもなく日々暮らしています。いまだに経済的には楽ではありませんが、毎日の暮らしに困ることはありません。
そして機会があるごとに、仏法聴聞をする日々を過ごしています。

つまり今の私には、不安を感じる要素がないとは言えませんが、とても少ないのです。だから昔の苦しかったことが思い出されてくるのではないでしょうか。今が辛く、苦しければ、過去の苦しかったことなど思い出す余裕もないはずです。
昔のことが思い出されて、苦しくなったり、人を恨む気持ちがよみがえってくるのは決して喜ばしいことではありませんが、それもこれも、今の不安や苦しみが少ないことの証拠という気がします。

そう思うと、なんて今の私は恵まれているのでしょう。
さんざん悪行を積み重ね、人にも迷惑をかけ、なおかつ今でも他人に恨みを感じたりしているのに、こんなに恵まれた境遇に今はいるのです。

そして私は、常に何かしらの不安や苦しみを抱えていなければいけない存在なのかな、と思うのです。今に不安や苦しみがなければないで、昔の辛いことが思い出されて、それで苦しい気持ちになるわけですから。
きっと、今の仕事がとても辛かったり、日々の暮らしに困るようならば、昔のことなど思い返さないでしょう。

すると、私にとって「不安」や「苦しみ」は常に存在し続けるものなのでしょうか。
新しい「不安」「苦しみ」に上書きされれば、昔の「不安」「苦しみ」は消えていく。新しい「不安」「苦しみ」が薄まれば、今度は昔の「不安」「苦しみ」がよみがえってくる。

いったい私の心は、どうなっているのでしょう。
まるで新しい「不安」「苦しみ」に上書きされること、つまり新たな「不安」「苦しみ」が訪れることが、私にとって必要なみたいです。
いいえ、そんなことはない、私は「安心」が得たいのです。
今はまだ、そこへ向かう道の途中なのでしょうか。
本当の「安心」は得ることができるのでしょうか。

今はただ、念仏するのみです。念仏することが、本当の「安心」が得られる新しい世界へ私を連れて行ってくれる気がします。
きっと、私にとっては他に方法はないと思えるのです。

「心を守る」小室圭さん、眞子さんの結婚に思ったこと

久しぶりに記事を書きます。
それも、このブログにしては本当に珍しい、時事ネタ、それも皇室に関しての内容です。
でも、今回の小室圭さんと眞子さんの結婚会見を動画で見て、その後の報道も見て、どうしても書き留めておきたいことがいくつかあり、久々に記事を書くことにしました。

ちなみに、私は何年もテレビを持つこともなく、週刊誌も読むこともなかったのです。ニュースは以前は新聞、今は新聞をやめてネットのみでチェックしています。
だから、この小室さんのお母さんの問題も、知ってはいたものの、詳しい内容は分からず、何が問題とされていて、なぜ未だに解決されずにいるのかは、ほとんどわかりません。
そもそも、その手の話題には興味はなかったのです。

その私でも、さすがに今回の結婚は予想していたとはいえ驚きではありました。
すごいな、強行するんだ、大変な道を選んだな、と思いました。そこで会見の映像を見たのです。

私はその二人の姿をみて、率直に素晴らしい、素敵だな、と思いました。そして同じ男性だからでしょうか、小室圭さんに対して、うらやましさも覚えました。
これは「嫉妬」とは違って、「憧れ」「尊敬」に近いものです。
小室さんほどではなくても、自分も頑張れば、辛抱すれば、素敵な結婚ができたかもしれなかった。海外で活躍できるような仕事につけたかもしれなかった。
もちろんそれにはたくさんの努力が必要で、苦しいことを乗り越えなければいけないのでしょう。それができなかったのが私ですが、それゆえに小室さんに対して「うらやましい」という思いが強く湧き上がるのです。

結婚ひとつとっても、私は過去二度も結婚に失敗しています。つまりバツ2というわけです。
今、私の失敗した結婚を振り返ると、たくさんの原因が思い起こされるのですが、結局は私の単なる「欲」に発した結婚であった、だから崩壊していったのだ、と思うのです。
あの二人は約三年、離れて生活をしていました。
普通、結婚前であれば、常に一緒にいたいはずです。品のない言い方を許してもらえれば、暇さえあれば会って、ひっついて、チュッチュしていたいはずです。少なくとも私はそうでした。

それをしない、できないにも関わらず、お互いの気持ちが変わらずに今に至ったということは、素晴らしいことです。そしてその会うことのできない三年間、ひたすら将来に向けて努力を続けてきたのでしょう。
それに比べて私は真逆でした。結婚前は、暇さえあれば…という状態で、将来に関するお互いの考えを真剣に話すこともなく、結婚後のことなど大して考えていませんでした。将来へ向けて、特に努力もしませんでした。そして欲望の赴くままに、楽な方へを流れていったのです。失敗して当然の結婚だったと思います。
もちろん小室さんたちも、どうなるかわかりません。この世に絶対はないのですから。しかし私の過去の結婚に比べると、けた違いに強い何かを感じます。

そして、私が今回の会見で一番印象に残った発言、「ああ、眞子さんってこんなことまで考えていたんだ」と驚いた発言があります。それを書き留めておきたくて、今回この記事を書いたのです。
それは、会見の最後、眞子さんの言葉です。

今、心を守りながら生きることに困難を感じ傷ついている方が、たくさんいらっしゃると思います。周囲の人のあたたかい助けや支えによって、より多くの人が、心を大切に守りながら生きていける社会となることを、心から願っております。

この
「心を守りながら生きることに困難を感じ傷ついている」
という表現に衝撃を受けました。
皇族というと「箱の中の鳥」であり、世間のことなど大して知らないだろう、と私は思っていました。
確かに一般人のような、例えばお金に関わる世俗的な苦労はないかもしれません。ですが、眞子さんはしっかりと、この世の中で苦しむ人たちを、自身と同じ仲間と認識していたのです。

この日本の中には、この言葉を聞いて「これは私のことだ」と思える人たちが沢山いると思います。
そして、そういう力をなくして、もう進めないのではないかと恐れている人たちに対して、「私もそうなんだ」というメッセージを投げかけているように感じました。
眞子さんは度々「心を守る」という表現を使ってきました。果たしてこれはどういう意味なのか、なかなか別の言葉で説明するのは難しい気もします。
ですが、今の世の中で多くの人が感じ、求めていることではないでしょうか。
「心を守る」
重い表現だと思います。

この部分の発言は、その後報道された記事やコメントでは、全くと言っていいほど触れられていません。私が目に触れたのは唯一、北原みのりさんのAERAdot.での記事だけでした。
しかし、私にとっては一番印象に残る、そして考えなければいけない言葉に思えたのです。

報道の自由

このブログでは、これまで政治的なことは書いてきませんでしたが、今回は何やら政治的な匂いのするタイトルをつけてみました。といっても政治的なことを書くわけではありません。

報道の自由とは、主に権力からの自由を意味するのではないでしょうか。
取材や情報発信することに制約を受けないこと、と私は受け止めています。そして、この制約とは主に国家等の権力側から行われることだと思います。

最近でも、香港で「リンゴ日報」という新聞が発行停止になり、様々な国から、香港での報道の自由に対して懸念が表明されています。
この場合、報道を制約しているのは、中国政府ということになるのでしょう。
もっとも、日本には報道の自由があるのか、実際に日本に住んでいる私には分からないと思います。中国の人たちも、その多くは、自分たちは自由な報道を抑制されているとは実感してないと思います。

ところで私が今回書きたいのは、こういう内容ではないのです。

日本で私が触れる報道に関して、思うことがあります。
それは、「その後」の報道が少ないということです。
「その後」といっても、あの人は今、みたいな話題も時々見かけますが、そういうことではありません。

例えば今(2021年7月現在)、私が気になっているのは、新型コロナで営業自粛をしている飲食店に対しての補償はどうなっているのか、ということです。
以前書いたように、私自身、経営していた会社を倒産させてしまった経験があるので、今、飲食店に関わる人たちの困っている状況や不安が分かる気がして、とても気になっているのです。自分自身の倒産直前の記憶と重なってしまうのです。

今年の初め頃までは、営業自粛に対する協力金の話題がたくさん報道されていたと思います。
コメンテーターといわれる人たちからも、自粛と補償はセットで、という意見も出されていました。東京都はお金があるけれど他府県は大変だ、ということも報道されていました。またその後、協力金により潤っている店舗があることも問題視されました。
ですが、今年の春の3回目の緊急事態宣言あたりからは、ほとんど協力金や補償の話題は聞かれなくなりました。
そしてネットで調べても、以前のように協力金の現状を知ることは、とても難しいです。それに対しての意見を述べる人もほとんど見受けられません。

殺人事件などのニュースでも、あの事件はどうなっているの、ということはよくあります。
なぜこんな事件が起きたのか、犯人の動機はなんだったのか、最初はセンセーショナルに取り上げられても、その後の報道がまったく途絶えてしまうことがよくあります。動機がずっと不明なのか、それとも単に、その後起きた他の事件に埋もれてしまったのか、分かりません。

また、企業がトラブルを起こして訴えられた報道があると、まずその企業にコメントを求めます。すると多くの場合、「訴状が届いていないのでコメントできない」という答えが返ってきます。
ではその後、訴状が届いてからのコメントは報道されているのでしょうか。それを目にしたことは、私はこれまで一度もないのです。

これらの理由の一つには、次から次へと起こる新しい出来事を報道しているので、過去のことなど扱えなくなるから、ということはあるでしょう。
ですが、それ以上に、新しい話題のほうがみんなが見てくれる、読んでくれるから、という報道する側の事情もあるのではないでしょうか。
そして、その根本にあるのは、やはり「お金」ではないか、と感じてしまうのです。

報道機関やジャーナリストたちも、「報道」によって収入を得なければいけないのは、当然です。
そうすると、どういう話題を載せれば新聞や週刊誌が売れるのかが、重要になるでしょう。
また今はネットの時代ですから、どの話題ならば閲覧数が増えるのか、たくさんクリックしてもらえるのか、常に考えていることでしょう。

それは結局私たちが何に興味を持っているのかに帰着することにもなります。
しかし一方で、一般の人たちが何に興味を持つのかは、メディア側が誘導していく側面もあると思います。
興味がなかったことも、連日報道されていけば興味をもつでしょう。先ほど書いた、新型コロナによる営業自粛に対する協力金の話題に関しては、特に感じます。

こう書くと、私がメディアの在り方を批判しているように思われるかもしれませんが、そうではないのです。
先ほど書いたように、報道に関わる人たちも生活があります。もちろん、報道に使命感を感じて仕事をしている人は沢山いるとは思いますが、使命感だけでは生活はできないのですから。それは私も含めて、どの仕事をしている人でも同じことです。報道に携わる人たちにだけ特別な意識を求めるなんておかしなことです。

そう考えると、やはり「お金」なのか、と感じてしまいます。
報道が、権力から自由を得るのは重要なことだと思います。
しかし、どれだけ「権力」から「報道の自由」を手に入れたとしても、「お金」からは自由になれないのでは、と感じてしまうのです。利益が得られる内容のものを優先して報道していく、これは「お金」に束縛されていることではないでしょうか。

そんなことはない、権力から自由になり、制約を受けることがなくなれば、あとは自由な報道があるのみだ、その自由の中で何を報道するのかは、それこそ報道機関の「自由」なのだから、という考えもある気はします。
ですが私は、「お金」からも自由にならなければ、本当の「報道の自由」を得たとは言えないのではないかと思うのです。

では、そのような「報道の自由」は、いつか得ることができるのでしょうか。
それは…やはり難しいと言わざるをえません。
度々、このブログの記事の中でも、お金の問題は取り上げてきました。お金の存在は、人が生活するには無視できないものですし、それ以上に人の欲望をダイレクトに刺激するものです。私も含めた多くの人たちにとって、そうではないでしょうか。
そして、そこから自由になることはとても難しく、そこから自由になれる存在こそが、仏様なのでしょう。
だからこそ、私は本当の自由が得られる世界、仏になれる国である浄土にあこがれるのです。

難思議を帰命せよ

前回の記事で私は、親鸞聖人の『和讃』にある「難思議を帰命せよ」という文言に触れました。それに関連して、今の私の考えをまとめてみたいと思います。


今私は、念仏を唱える生活を続けています。
このブログの表題、残された人生を考えたとき、なぜ私は「念仏」という選択をしたのでしょうか。

私がこれからの生き方を考えたとき、まず望んだことは、苦しみや辛さから逃れたい、とうことでした。簡単にいえば、心穏やかな日々を送りたい、そう願ったのです。
私が感じる苦しみや辛さには、健康や経済面などの現在と将来への不安や、孤独感があります。また、過去を思い返したときに喪失感を感じて辛い思いが襲ってきたりします。
他にも、漠然とした不安感や、やりきれない身の置き所がないような感覚が突然襲ってくることがあります。

それらの原因の多くは、私の身の回りに起きてきた、また現に起きている出来事に起因しているのでしょう。
しかし、その根本的な原因は、結局私にあるのだ、と今の私はとらえています。

 *   *   *

少し自分のことを書かせてもらいます。
私は以前、小さいながらも会社を経営していました。ですが、結局倒産させてしまいました。また同時期に離婚もし、二人の子供とも離れ、家族や財産の全てを失ったのです。様々な経緯があり、子供とはもう一生会えないでしょう。
そして、仕事や生まれ育ってきた家も無くしたわけですから、その当時の人間関係もほとんど無くしてしまいました。

それらの出来事に対して、全て私が悪い、全て私に原因があった、などとは、とても思えません。
ですが根本を辿っていけば、全てとは言わないまでも、やはり私に何らかの原因があるのです。
それは、私の欲深さであったり、虚栄心、競争心であったり、人の心を思う気持ちが薄かったり、自分の利益を追うあまり真偽の見極めができなかったことなどです。

では、私に原因があるこの苦しみや辛さから、どうすれば逃れることができるのでしょうか。
それは、私にはできないのだ、と思ったのです。
なぜなら、苦しみの原因を作っているのが、この私だからです。

  *   *   *

自分に問題があると分かったならば、自己改革に取り組めばいいではないか、と思うかもしれません。
誤っていたと思える自分の考え方や、ものごとへの対処の仕方を反省して、改めていけばいいのではないか。
しかし私は、それすらも不可能だと思ったのです。

なぜならば、これまで私は、私自身はもちろん周りの人たちにも、不幸にしよう、困らせよう、苦しめようなどと思って行動してきたのではないからです。
先に書いたように、確かに私に大きな原因がありました。今振り返ると気が付く点は多数あります。
ですが、振り返った今はそう感じても、その当時の私は、私の欲だけを実現させようとしたり、人を傷つけよう、迷惑をかけてもかまわない、などと考えて行動していたわけではないのです。私なりに、周りの人にとってプラスになるように、そして私にとってもプラスになるように考えて行動してきました。
だけど結局私は、周りを苦しめ、自分自身を苦しめる結果を引き起こしてきたのです。

 *   *   * 

では、これから心を改め、考え方を転換させたところで、果たして苦しみから抜け出すことができるのでしょうか。
繰り返しますが、私はこれまでも、私自身でよく考えて、良かれと思って行動してきました。
そう思うと、この「私自身」が主体になっている限り、これまでと同じように、自分が原因となって、自らを苦しめる状況に追いやり、周りも苦しめ、さらに辛い思いを繰り返すだけではないかと思ったのです。

今私は、「私自身」が主体になっている限り、と書きました。
考えてみれば、これはおかしな表現です。「私自身」が主体になっているのは当たり前のことです。「私自身」が主体になっていなければ、それはすでに「私」ではありません。
私が私である限り「私自身」が主体になるのは当たり前です。つまり、私は決してこの苦しみ、辛さから逃れることはできないと思ったのです。

 *   *   * 

そう思った時、私をとらえたのは、阿弥陀仏誓願の物語でした。
「物語」とは、私がその著作をよく読ませていただいている阿満利麿先生がよく使われている表現です。この「物語」という表現は、とてもしっくりきます。
法蔵菩薩が私を救うために願いを起こし、それを実現してくれた。その物語を、信じようと思ったのです。

最初私は、阿弥陀仏や極楽浄土という実際に存在を確認していないものを信じることには、大変な違和感がありました。
それはそうです。経典に書かれている阿弥陀仏の物語は、あまりにも常識を外れている単なる作り話に映ります。
その思いは、実は今もあるのです。こう書くと、この記事を読んでいる人は「え?信じているから念仏しているんでしょ?」「信じているんじゃないの?」と思うことでしょう。

 *   *   * 

私が「信じている」ということは、信じきれない自分の判断を捨て去って、信じる道を選んだということです。
私は、自分にとって信じられないものを信じようと決めたのです。信じられないからこそ信じる、と言ってもいいかもしれません。
それは、私の判断はあてにならないのだ、ということが、私にははっきりしたからです。私の判断が、周りを苦しめ、私自身も苦しめてきたのだから、その私の判断は捨て去って、私を救ってくれるという阿弥陀仏の物語を信じようと思ったのです。

では、何でもかんでも信じればいいじゃなか、という疑問も起きます。なぜ阿弥陀仏誓願の物語なのでしょう。
そこに導いてくれて、今も「信じよう」と思う気持ちの支えになっているのが、『歎異抄』をはじめとする、親鸞聖人の残してくれた言葉でした。そして、著書やお話を通して、それを私に分かりやすく説いてくれた人たちでした。
これらのことについても、考えをまとめて書いてみたいのですが、長くなるので、またの機会に譲りたいと思います。

 *   *   * 

親鸞聖人は『和讃』に「難思議を帰命せよ」と書かれています。
専門家の方々が説く、この言葉本来の解釈とは違うかもしれませんが、私なりに今はこの言葉をこのように受け止めています。

いちばん大きなもの

だいぶ前の記事で、物理学と阿弥陀仏の物語には似ているところがある、ということを書きました。 

thinking-about.hatenablog.com

 私は物理学の専門家でもありませんが、宇宙やそれに関連した相対性理論量子力学などに興味があって、専門書ではないのですが、その手の本をよく読みました。
そして、阿弥陀仏誓願を知った今、科学の世界と仏教の共通点を感じるのです。認識の共通点とでもいえばいいでしょうか。
今回もまた、私が感じたことを書いてみたいと思います。

私は子供のころから、宇宙の果てはどうなっているのか、宇宙の外側には何があるのか、大変興味がありました。
いろいろ本も読んできて、だいたい今の科学で分かっていることも、何となく理解できています。また宇宙の果てについても、どのような答えが出されているのか、ある程度知ってはいるのです。
ですが、それでも思うのです。
「それにしても、宇宙の果てはどうなっているのだろう…」と。

最近、部屋の整理をしていて、何年か前に買った宇宙に関する本を見つけ、読み返してみました。
すると、宇宙を認識することと阿弥陀仏を認識することは似ているのではないか、と改めて感じました。

本の名前は『宇宙背景放射 「ビッグバン以前」の痕跡を探る』、著者は羽澄昌史氏、集英社新書の本です。
羽澄氏は素粒子物理学者で、電波望遠鏡等を用いて観測活動を行い、宇宙誕生の研究をしています。ビッグバンや、それ以前に起こったとされているインフレーション理論を検証しているのです。(ちょっと不正確な紹介かと思いますが、私が素人ということでご容赦ください)

その本の中で羽澄氏は、宇宙の果てはどうなっているのか、宇宙の外側はあるのか、という問いに、こう答えています。

結論から言うと、この問いに対しては「本当のところはわかりません」と言うしかない。それが、専門家としてもっとも誠実な答え方だと思う。
また、さらに正直に言うなら、「それを考えても意味がない」ということになる。なぜなら、僕たちが研究しているのは「自然界でいちばん大きなもの」だからだ。
(『宇宙背景放射』羽澄昌史=著 集英社新書 以下同様)

ここで羽澄氏は、宇宙の認識に発想の転換を求めています。

何かごまかしているように思われるかもしれないが、これは宇宙論を考える上でかなり大事なポイントだ。ここでは、ひとつ発想の転換をしてほしい。
それは、「いちばん大きなものは外側から観察できない」ということだ。
もし外側から観察できたら、それは「いちばん大きなもの」ではない。つまり、宇宙空間という「いちばん大きなもの」は、「内側」からしか見ることができないのだ。

その認識で宇宙の始まりを考えるとどうなるのでしょう。
よく聞かれる質問、「ビッグバンはどこで起きたか」という問いにはこう答えています。

この質問が出ること自体、われわれが宇宙を「外側」から見たがることの表れだろう。
(中略)
しかし宇宙は、ビッグバンのときから「自然界でいちばん大きなもの」だった。したがって、ビッグバンを外から眺めて「あそこで起きた」と指させる観測者は絶対に存在しない。

私はこの本を何年ぶりかに読んで、「阿弥陀様とはそういう存在なのかもしれない」と感じたのです。
同時に、私自身の限界も感じました。
この羽澄氏の説明は、とてもよく分かります。
ですが、それに納得しても、しばらくたつとやはり、「だけど、結局宇宙の果てってどうなってるわけなの?」と考えてしまう私がいるのです。

阿弥陀仏は真理の象徴といわれます。「真理」と言われても、私たちは理解できないから、そのよすがとして存在している、とも聞きました。
「そうなのか」と一時はうなずいても、しばらくたつと再び「だけど、阿弥陀様って、本当に姿も形もないなのかな?」とか考えてしまいます。

これはまさしく、「人間」である私の限界ではないかと思うのです。
私の認識を超えているのです。
「宇宙」も「阿弥陀仏」も、私にはその実態は認識できない、できないからこそ「宇宙=いちばん大きなもの」「阿弥陀仏=真理」なのに、あくまでも「私=人間」の側に引き寄せて考え、羽澄氏が言う「内側しか見ることができない、いちばん大きなもの」を、どうしても外側から見ようとしてしまうのです。

 親鸞聖人は『和讃』で「難思議を帰命せよ」とうたわれています。
私にはつかみきれない世界がある、その存在を認めることは、認識できないだけに「人間」である私には難しいのです。
ですが今では、そのような存在があることが、かすかに、ほんとうにかすかに感じられる時もあるのです。 そしてそれを感じることは、私にとってなぜか大切なことに思えます。

この羽澄氏の『宇宙背景放射』は、とても読みやすい本です。後半はちょっと難しくなるのですが、宇宙に興味がある方にはお勧めです。