残された人生の生き方を求めて

平均寿命まではまだまだですが、50代後半に差し掛かって、残された時間で、本当に知りたかったこと、そしてその答えを探していくなかで、お念仏に出会いました。私の考えたことや、その手助けになった本や体験を書いていきたいと思います。

六道に思う ~阿満利麿先生の講演を聞いて~

前回の記事で、阿満利麿先生の講演を聞いて、自殺に関することを書きました。その中で、六道輪廻について触れて、果たして私は「輪廻」や、地獄や餓鬼などの「六道」を信じているのかという、自分自身の疑問も書きました。今回はそれについて、やはり先日の阿満先生の講演を聞いて感じたことを含めて書きたいと思います。
前回記事の続編みたいなものです。

 

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私が度々、阿満先生の本や講演を題材にするのは、先生はお話の中で、素人の私が、素人なるがゆえに持つ疑問に触れてくれることが多いからです。
「そうそう、それが不思議だった」「そこが引っかかってた」というところに、阿満先生の話は触れてくるのです。

先日の講演では、先生が最近手掛けられている仕事、『往生要集』という書物の話が出ました。
そこには、こういう罪を犯したらこういう地獄、というように、細かく地獄の種類やその様子が書かれているそうです。
その話の中で、地獄の時間というのは私たちが人間である時間に比べると、非常に長い、という話がでました。それは私が『浄土三部経』を読んで感じていたことだったので、「確かに」と頷いてしまいました。
浄土三部経』には、人間界以外の地獄などにいる時間は、私たちの一生に比べると、とてつもなく長い時間で現わされています。それに私は驚いていたのです。あまりにも大げさすぎるのではないかと。荒唐無稽すぎないか、と感じていたのです。

ですが、なぜこのような荒唐無稽な物語が、長い間に消えてなくなることもなく伝えられてきたのでしょうか。

私たちに災いが降りかかった時、「なぜ私が」という不条理な思いにかられます。
先生はお話の中で、人はどこから来て、どこに去っていくのか、なぜ私がこんな苦しまなければいけないのか、それらの出来事に対して納得するためには、「大きな物語」が必要になってくる、とおっしゃいました。この「大きな物語」という言い方は、先生のお話の中で度々使われます。
経典を読んでいると、荒唐無稽と思える話は沢山でてきます。それが「大きな物語」ということでしょう。

六道という世界があるとしたら、この人間界は他の地獄や餓鬼などに比べてとても短いものです。そして、真実の教えに出会えるのは人間でいる間だけです。『浄土三部経』の中でも、仏の教えを聞くことができるのは稀なことだという意味のことが、繰り返し書かれています。

私は、科学的に正しいのか、論理的に正しいのかわかりませんが、この「大きな物語」を信じてみたいと思うのです。
私が果たして長い間、六道を巡ってきたのか分かりません。何しろ生まれる前のことは覚えていないのですから。
ですが、長い長い時間の中で、今、人として生きているのは本当に一瞬であることは納得できます。その短い人としての生の時間に、本当の生き方を知りたいと願う時、この「大きな物語」を信じてみたいのです。

元来私は、バリバリの理系人間で、理屈っぽいタイプでした。昔の友人が、今私がこのような文章を書いているのを読んだら、「ああ、あいつも大変な思いをして、とうとう宗教に走ったか」とか思われるかもしれません。
ですが今、私にとって生きていく中で一番大切と思われる問いに気づき、その答えを探す出発点に、巡り巡ってやっとたどり着いた気がするのです。

自殺では解決できない事 ~阿満利麿先生の講演を聞いて~

先日「日本仏教鑽仰会」主催の阿満利麿先生の講演会に行ってきました。阿満先生の講演を聞くのは二度目になります。演目は「『教行信証』に学ぶ」でした。

教行信証』についての話がメインですが、むしろそれ以外のお話が多く、印象に残る話もたくさんありました。講演の記録というより、私が特に印象に残ったことを、書き留めたいと思います。

講演も終わりに近づいたころ、「自殺」についての話がありました。
メインテーマではなかったので、それほど詳しく話されたわけではないのですが、以前私は自殺について思うところを記事にしたこともあり、このような講演や法話で自殺のことを聞くのは初めてだったので、とても印象的な話でした。 

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先生は、ある美男のお坊さんの話をしてくれました。
とても美男のお坊さんがいて、女の人から非常にもてた。たくさんの女性に言い寄られたが、結局そのお坊さんは自殺してしまった。
それを聞いたある人は、自ら煩悩を消すために死を選んだんですね、と感心するような言い方をしたそうですが、阿満先生は、この自殺は問題をペンディングするだけだと考えました。自殺では根本の問題は解決できないのだ、と言うのです。
そのお坊さんは、この後も六道をめぐるだけであり、六道を輪廻する間にまた自殺をするだろう、せかっく人間に生まれてきて仏道を歩み、仏になるチャンスを放棄してしまったのだ、と先生は言います。

私は以前の記事で、阿弥陀様の誓願を信じることができたならば、早く死ねば早く極楽へいけるのでは、という疑問を書きました。
ですが、その後も考え続けてきて、今回の阿満先生の講義を聞いて思いました。
果たして本当に自分は阿弥陀様を信じ切ったのだ、極楽浄土を信じているのだと、自分で言うことができるのでしょうか。自分が信じているんだから、間違いなく信じているんだよ、というのが普通の考えかもしれません。私もそう考えないわけではないのです。

ですが、自分の心のすべては、自分では分からないのではないでしょうか。
本当は信じているポーズをしているだけなのかもしれません。救われたい、今の苦しみから逃れたい、というのも一種の我欲ならば、その我欲から、阿弥陀様を信じているポーズを無意識のうちにとってしまっている可能性は十分にあると思います。

本当は信じ切れていないかもしれないのに、自殺をしてしまうのは、阿満先生の言うように、何の解決にもならず、今後も六道をめぐり、自殺を繰り返すだけになってしまう気がします。

では、どうすればいいのでしょうか。以下は私が考えたことです。

人間に生まれてきたことは、仏道を歩む大きなチャンスです。そのチャンスを、人間である寿命が続く限り生かせるように、日々過ごすしかない気がします。
まだ死ねない、まだ死ねない、と生きていくのです。
そして本当に死を迎えたときに、どうなるのか。その後のことは自分の計らいではないのでしょう。自分の意志で、どこかの世界に行けるわけではないです。それは自分の意志とは関係なく、今の人間界に生まれてきたことと同じです。

今私は、六道を輪廻する、と書きました。
私はこの六道、つまり地獄や畜生の世界を信じているのか、ということですが、そのことについても、今回の阿満先生のお話で印象に残るところがありました。
これ以上は長くなってしまうので、また記事を改めて、阿満先生の講演を聞き、考えた、六道の話も書いてみたいと思います。

 

法然院「新春法話」を聞いて ~私は極楽浄土を信じているのか?~

今年(2020年)のお正月は京都で過ごし、法然院で行われた梶田正章住職による「新春法話」を聞いてきました。
実は今回の法話を記事にするつもりはありませんでした。なかなか聞けない法然院での法話なので、いつも以上に聞くことに集中したかったのです。このブログを始めてから、後で記事することを意識しだすと、聞くことに集中できない弊害が起こることも気になっていました。

ですが1月下旬になっても、まだ頭に残り度々思い返す話がありました。私にとって印象的なことだったので、そのことだけでも書いておこうと思いました。
今は印象に残っていても1年後には忘れてしまっているかもしれない、と思うと、やはり書き留めておこうと思ったのです。例によって、私のあいまいな記憶と独自の解釈によるので、きちんとした記録ではないのですが、興味があれば読んでみてください。

 


 

さてその内容は、というと、法話の直接的な内容ではないのです。法話を終えた後、ご住職は「何か聞きたいことはありますか」と参加者の質問を受け付けてくれました。私の印象に残ったのは、その中の問答でした。

ある方が「私が行くお浄土と、他の人がいくお浄土は一緒ですか」と聞いたのです。
ご住職の答えは概ね次のようでした。

「一緒といえば一緒でしょう。仏になるということは実は、阿弥陀様のように自分の国土を構えるということ。一国一城の主みたいですかね。そこは阿弥陀様の浄土と同じ浄土ともいえるわけです」

私の受け止め違いもあるかもしれません。ご住職がこの記事をみたら「私が言ったことは違うのになぁ」と思うかもしれません。あくまでも私の記憶、そしてその解釈ですが、それぞれが仏になって、それぞれの仏の国を持つという答えでした。

私はまずそれを聞いたとき「いやだな」と思ったのです。
せっかく、阿弥陀様の素晴らしい国に生まれたのに、一人前の仏になったら出ていくのか、ずっと阿弥陀様のところにいさせてくれないのかな、と思ったのです。
そして、もう他界した母とも会えず、一緒にいられないのか、と思ったのです。
ところでまず、こう書いている時点で、私がどれだけ極楽浄土を信じているのか、という問題がありますが、それは後で触れたいと思います。
とにかく、それを聞いた私はそう感じて少し寂しく心細くなったのです。

ですが同時に浄土三部経の内容を思い出しました。最近読んだばかりなので、しっかり理解できていないと思いますが、浄土三部経の内容が頭に浮かんだのです。

例えば「阿弥陀経」の中に、極楽の人々は朝、花を器に盛り他の数限りない仏の国々を訪れて、朝食までの短い時間、つまり瞬時に行って帰ってこれると書いてあります。
また「無量寿経」の本願の中にも、極楽の人々は瞬く間に仏の国々を飛びめぐることができる、とあります。
観無量寿経」には極楽の樹木から放たれた光の中には、あらゆる仏の国々が映し出されている、ともあります。
阿弥陀仏の国に生まれれば、他の仏の国を見ることも、そこに行くこともたやすいことのようです。私自身が自分の国土を持ったとしても、阿弥陀仏の国土のようにお互いの国土をいつでも見ることができ、自由に行き来できるならば、一人で寂しいこともないでしょう。もっとも、仏になったら寂しい気持ちもないのかもしれませんが。

 


 

ご住職は参加者から質問が出るのを笑顔で待っていました。私も聞きたいことがある気がしたのですが、まさか質問を受けてくれるとは思わなかったので、聞くことができませんでした。
この記事に書いた疑問は、その時浮かんだのですが、即座に言葉にして問い返すことができなかったのです。ぜひまた機会があれば、法然院にお伺いして、ご住職に聞いてみたいと思います。

ところで、先ほど書いた疑問、「私はどの程度、極楽浄土を信じているか」です。
ここまで読んだくれた人は「あなた、完全に信じているでしょ」というかもしれません。
でも私はまだ信じ切れているか分からないです。単なる興味、好奇心からかもしれません。自分が信じているのかどうか、それすらも分からないなんて情けないですが、それが今の私の正直な気持ちです。
ですが、残り少ない人生です。ただ単なる好奇心や知識欲から、本を読んだり人の話を聞きに行くことはしたくはない、とは思っています。

「ネクラ」と「負け組」

30年以上前、私が大学生のころに「ネクラ」という言葉が生まれて急速に広がりました。性格のことを明るい暗いと表現することはそれ以前からあったと思いますが、根が暗い、つまり「ネクラ」という言葉がその頃現れたのです。

その当時、私の周りの空気は、ネクラ呼ばわりされることを極端に避けようとしている感じを受けました。それはそうです。「あいつはネクラだ」と言われるのはやはり嫌だし、集団の中でそういうレッテルを張られてしまうのは怖いものでした。私も人付き合いが苦手で無口なタイプだったので、ネクラ呼ばわりされることを恐れる気持ちがありました。

一方で私は、ネクラという言葉がはやりだしてから、やたら周りが必要以上にはしゃぎだす印象を受けて、それがとても嫌でした。
例えばコンパなどでも、とにかく皆テンションを上げて、しゃべらない人を「おまえクラいな」と言うわけです。自分がネクラ呼ばわりされないために、テンションを上げて他の誰かをネクラなやつに仕立て上げているように私には見えて、とても嫌な感じを受けました。

そんな私は「他人を暗いなんて言うヤツこそ暗いじゃないか」とか「明るい暗いっていったって、単におしゃべりか無口の違いだろ」とか「そもそも、根っから明るい人間なんているのか」とか考えていました。
ですが、そういうことを考えてしまう時点で「ネクラ」という言葉にとらわれ振り回されていた訳で、実際私は「ネクラ」と呼ばれるのを恐れていたのです。

 

ここ数年「負け組」という言葉を頻繁に目にするようになりました。この言葉は、かつて「ネクラ」という言葉が生まれた時に感じた嫌な気持ちを、私に思い出させます。

この「負け組」というのは、主に経済的な成功、不成功を指しているのだと思います。
こう考えると私は完全な「負け組」です。ほとんどの人が今の私の状況を聞けば「ああ、負け組だね」と思う気がします。だからよけいに私は、かつて「ネクラ」という言葉が生まれた時に感じた嫌な空気を感じるのかもしれません。あの当時も「ネクラ」という言い方に反発する一方で、私は自分はネクラなのかもしれないと思い、そう呼ばれることに恐れを抱いていました。

 ですが、今の私はそれほど「負け組」と言われることに、恐れは感じていないのも事実です。「負け組」と言われることを想像してもあまり心が乱れません。
当然今でもお金は欲しいですし金銭欲がなくなったわけではありません。ではなぜ私は「負け組」という言葉に大きく心が乱れないのか、理由を考えてみました。

気が付いたのは、簡単に言えば、「それどころではない、そんなことを気にして考えているどころではない」というのが大きな理由でした。
「負け組」と言われようが、仮に実際そうだったとしても、そんなことより日々短くなっていく残りの人生をどう生きていくのかが今の私にとっては重要で、「負け組」か「勝ち組」かなどは大した問題ではありません。
これは年を取ったから、ということが大きな原因でもあるでしょう。年を取り、だんだんと死が現実味を帯びてきた今、確かにお金は欲しいですし大切ですが、経済的な勝ち負けは私にとって、もはや一大事ではないのです。

ただ、私のように50代後半の人間と違う若い人たちにとっては、この「負け組」という言葉は重いだろうと思います。
かつて「ネクラ」という言葉が広がった時のように、「負け組」と呼ばれることを恐れている人たちは沢山いる気がします。ネットの世界でも、この「負け組」という表現をよく見かけます。自分で自分のことを「負け組」といっている人を見ることもあります。
そういう人たちには、「負け組」という言葉にとらわれることなく自分の今の「生」を第一に考え、これからの生きる道を堂々と歩んでもらいたいと思います。そんな「負け組」などという言葉に振り回されてほしくないのです。
もっとも今実際に経済的に苦しい人、挫折感を味わっている人からすれば、「自分は負け組だ」という思いから解放されることはなかなか難しかもしれません。

それでも私は思うのです。
私は今、「勝ち組」「負け組」よりも、もっと大切なことがあると感じています。人から見たらそれは負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、そう思われることすらも大した問題ではありません。もっともっと、自分が求めるべき大切なことがあるはずです。
ですが、その大切な何かを今の私にはまだ明確に説明できません。それができれば若い人たちにとっての良いアドバイスになるのでしょうが、残念ながらまだできないのです。

何の結論も解決策もない内容になってしまいましたが、もしこの記事を目にした若い人で、「自分は負け組かも」と感じている人がいたら、どうかその言葉に振り回されないでほしいです。
まずは「自分は負け組だ」などと書いたり言ったりせず、「負け組」という言葉を使わずに、自分の中から「負け組」という言葉を消すことから始めてほしいと思います。

ある元衆議院議員の死

このブログは私の考えたことをまとめていこうと思って始めたので、時事的内容や日記的な内容は書くつもりはありませんでした。
ですが、つい昨日、自殺について思うことを記事にまとめてアップしたあとに、ある元衆議院議員の死のニュースを知りました。 
まだ自死と断定されたわけではないようですが、おそらく自殺だろうということです。たまたま自殺の記事を書いた直後なのでびっくりして、とても痛ましい気持ちに襲われて、今の思いを書き留めておこうと思いました。


私はその元議員さんを全く知りませんでした。ニュースからの経歴しか知らないのですが、まず思ったのは「なぜ!」ということです。
ニュースで紹介されていた内容では、家柄もキャリアも良く、現在は議員ではなかったにしてもそれなりの暮らしはしていて、人脈もあるようなのです。それなのに死を選んだ…。

私の知らない事実も沢山あるでしょうし、人に知られていない何かがあったのかもしれません。そもそも私自身も記事に書いたように、その人の置かれた状況だけをみて、自殺する必要がなかったなどと言えるはずないです。
それでも「なぜ!」という思いがこみ上げてきます。
私から見て全然問題のない状況に見えるのに死を選んだ。それでも死を選ばなければいけなかったその方の最後を迎える時の心を思うと、全く知らない人なのに胸が苦しくなります。

前回の記事で、死ぬことによって極楽浄土に生まれることができるなら、早く死ぬ、つまり自殺をすることがいいのだろうか、と問題提起をしました。
この問いの答えはまだ見つかっていません。ただ私自身は自殺はしない、そしてその理由を前回書きました。

自殺をした人たちの死を迎えた時の気持ちは知るすべもありません。だから私が想像し推測するしかないのですが、喜んで自殺を選ぶ人はいないのではないか、と思うのです。
自死を選ぶ人たちのうち、どれだけの人が極楽浄土を信じていたかは分かりませんが、仮に信じていたとしても、「ああ、お浄土にいけるんだ」と笑顔で自殺をしたのでしょうか。
遠足に行く子供のように、わくわくした気持ちを抱えて自殺をするのでしょうか。
そうではなく、涙も枯れて途方に暮れて、死を選択するのだと思うのです。

本当は生きていたいのに生きていく道がみつからず、生きていくことと死を比べて、死を選んだのではないかと思います。
生きていける道が見つかれば、きっと生きたかったのではないでしょうか。
死ねば極楽浄土に行ける、という思いからの死ではありません。すばらしいところに行ける、楽しいところに行ける、そういう思いからではないでしょう。
極楽浄土を信じていない人たちも、喜んで自死を選んだわけではないと思います。
そして、そのように自死を選ぶ人たちの心を思うと、私も辛く悲しく押しつぶされそうになります。
自死はして欲しくないのです。私もしたくありません。こんな悲しいことはないじゃないですか。

浄土の教えから自死を明確に否定してほしい、私はこう書きました。
またよく考えて、自分なりの答えを見つけていきたいと思います。

私が自殺を選ばない理由

浄土の教えを知ると、極楽浄土へ行くために早く死んだほうがいいのではないか、と思ってしまいます。阿弥陀様を信じて念仏を唱えて自殺をすれば、極楽浄土へ往生できるんではないか、とふと考えてしまいます。
これまで私まだ、仏教で自殺をはっきり否定し、かつ私が心から納得できるような話に出会っていません。『歎異抄』の中に、それを感じさせる個所はあるのですが、私は心から納得できていません。

そのことを考える前にまず、私自身が自殺を考えたことがあるのか、ということですが、自殺を考えることはあります。
ですが今の私は自殺はしたくありませんし、おそらくこの先もしないと思います。
自殺を真剣に考えている人からすれば、「それは、あなたがまだ死ぬほど苦しんでいないからだ」と言うかもしれません。
そうかもしれません。ですが、今の私の状況を可能な限り客観的に考えると、こういう状況で死を選択する人もいるのではないか、と思います。
同じ状況であっても自殺を選ぶ人もいれば、選ばない人もいることでしょう。人は一人ひとり違う人間なのですから、似たような状況でも、それにどう対応するのかは一人ひとり違うのは当然かもしれません。

そして、自殺の根本的な原因を明らかにすることも、簡単ではない気がします。
芥川龍之介が自殺について書いた有名な文章があります。

君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、あるいはまた精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。

ある人がなぜ自殺をするのかを明らかにすることは難しいでしょう。自殺をする理由というのは、その人の置かれている状況だけで計ることはできない何かがあると思うのです。

私の場合にはどうでしょう。今の私はかなり絶望的な状況ですが、自殺は選びません。
なぜなのか考えてみると、大きく3つ理由が考えられました。

1つ目は、周りに迷惑がかかる、ということです。
この迷惑と言うのは、後処理や経済的な迷惑などはもちろん、悲しませる、苦しませる、ということも含まれています。
ですが周りのことを考えている時点で、私は自殺から遠い位置にいると思います。本当に自殺を考えた時には、むき出しの自分が出てくる思うので、周りの事は考えられない気がします。ですから、周りに迷惑をかけるからというのは、そもそも自殺をしない理由としては弱いものだと思います。

2つ目は、痛そうだ、苦しそうだというという極めて直接的な理由です。
例えば電車に飛び込めば、おそらく一瞬でしょう。ですが、実際に電車に飛び込んで自殺した人から、「全く痛くなかった」という報告があったわけではないのです。
一瞬でも、想像を絶する苦しみが襲うのではないかと思うと、やはり怖いのです。

3つ目の理由ですが、これが実は私にとって一番大きな理由です。
死ぬ瞬間に、「やっぱり死にたくない!」と思ってしまうのではないか、ということです。
たとえばビルから飛び降りる場合、地面に達するまで何秒かあります。飛び降り自殺では飛び降りた瞬間には気を失っている、という話も聞きますが、これも先ほどの「痛み」の問題と同じで、自殺をした人からの報告はないのです。
そして、どんなに覚悟を決めて飛び降りたつもりでも、地面に達するまでの数秒間に「やっぱり生きていたい!」と思った時、その時の恐怖を考えると私には自殺はできません。取り返しがつかないことをしてしまった、その後悔と恐怖がその数秒間、私を襲うのです。
生きていくなかで、取り返しのつかないことをして絶望的な気持ちになることはあります。それでも生き続ければ、まだ違った道があります。正確に言うと、違った道を行くしかないのですが、その先には希望があるかもしれません。
だけど、ビルから飛び降りてしまったら、本当に取り返しがつきません。その瞬間、ちょっと待って!と思っても、全く無駄なのです。
瞬時に死ねるように、電車に飛び込むとか、どうにかピストルを入手して頭を打ち抜くとかすればいいではないか、と言われるかもしれません。ですがピストルの引き金を引く指に力を入れた瞬間、躊躇する気持ちが生まれたら、もうそれは取り返しのつかないことです。

この3つ目が、私が自殺をしない、できない一番の理由なのです。
まさに、この世界、娑婆への未練です。極楽浄土という世界を信じていないからでしょうか。死んだ後には極楽に行けるならば後悔することもないはずだ、と考えたりもします。
本心をいうと、自殺したくない、できない私は、浄土教からも納得のいく教えによって明確に自殺を否定してほしいのです。
今私が一番、自分の生き方の指針になると感じている浄土の教えと自殺について、また近々記事を改めて書いてみたいと思います。

初めて『浄土三部経』を読んで(その2・極楽浄土への憧れを持つこと)

浄土に生まれたい、そう願えばいいではないか、そのために阿弥陀仏誓願をたてて極楽浄土を作ったのではないか。
お釈迦様は、こう訴えかけているように私は感じました。

ですが、極楽浄土と言うのはどこにどのように存在しているのでしょうか。
阿弥陀仏はどこにどういう姿で、存在しているのでしょう。

私がこれまで本で読んで得た、まだ少ない知識で今思うのは、極楽浄土も阿弥陀仏も実在していないのではないか、ということです。
実在しないというのは、極楽浄土がどこかの島や大陸みたいに、または月や火星、遠くの星々のように存在しているのではない、ということです。阿弥陀仏もインドにいる誰々さんや、遠い天体に住む宇宙人のように存在しているのではない、ということです。

私はこれまで得た知識から、阿弥陀仏と極楽浄土は世の中の真理の象徴であり、煩悩から解き放たれた自由な世界のことを指しているのだと理解しています。
だけど自分で今書いておきながら、「世の中の真理」って何かと聞かれても、実はよく分からないのです。「煩悩から解き放たれた自由な世界」ってどんな様子なのか、どんな状態なのかと聞かれても、分からないのです。
だけどそういう世界はきっとある、いえ、あってほしいです。そうでなければ私は救われません。苦しみを抜け出して、そういう世界に生まれて、苦しみのない自分になりたいのです。

以前、「ミクロの世界と阿弥陀仏誓願」という記事で書いたのですが、ミクロの世界、つまり原子や素粒子の世界を認識することと、阿弥陀仏の世界を認識することは、似ていると思います。
あの記事は自分で書いておきながら、書き終わったときに「ああ、そうだな」と、自分自身で納得してしまったところがあります。 

ミクロの世界は色もなく形もよく分かりません。
そんなこと言われてもどんな世界か想像できないのですが、例えば陽子と中性子、電子をそれぞれ色分けされた球に見立てて、原子核の周りを電子がまわっている絵を見せられると、ああそうか、と納得できます。
ですが勿論、陽子も中性子も電子も、そんな色のついたボールではありませんし、地球が太陽の周りをまわるように、原子核の周りをくるくると球状の電子が回っているわけではないのです。

どういう姿をしているのかよく分からないミクロの世界です。だけど、色分けされた球を使ったモデルを見せられると、その構造は実感として理解できます。
「世の中の真理」「煩悩から解き放たれた自由な世界」はよく分からなくても、『浄土三部経』を読むと、阿弥陀仏と極楽浄土はこんな感じかなと想像できます。

(その1)に書いたように、『浄土三部経』のあらゆるところに、極楽浄土の荘厳な様子と、阿弥陀仏の偉大な姿が描かれています。これでもかというくらいに、阿弥陀仏の偉大な姿、極楽浄土の荘厳な様子が繰り返し書かれています。
それは、世の真理、そして煩悩のない世界を理解し想像できない私に「それはこんなに素晴らしんだ」と繰り返し繰り返し説明してくれているようです。

例えば浄土の描写では盛んに七宝が出てきます。金・銀・瑠璃・水晶…、それらで極楽浄土は彩られています。
ですが考えてみれば、金や銀は人間にとっては憧れの対象です。この世の人間たちが憧れて欲しがるものです。では全ての煩悩から解き放たれた者たちが集まる極楽浄土に、金や銀の存在は意味があるのでしょうか。ない気がします。
ではなぜお釈迦様は、繰り返し繰り返し金・銀などで作られた極楽の様子を説いたのでしょう。

この世の煩悩にとらわれている私たちに、強い憧れを抱かせるためだと、私は思うのです。
「こんなに素敵なんだよ」「ここに往きたいでしょう、往きたいと願えばいいんですよ」と語りかけているのではないでしょうか。

 


 

初めて『浄土三部経』に触れて感じたことを書いてみました。
今回は『全文現代語訳 浄土三部経』(大角修=訳・解説、角川文庫)を読んだのですが、いずれ他の訳文も読んでみたいと思います。
そしてまた、感じたことを書いてみたいと思います。その時はまた違った見方をしている気もします。
これだけ歴史があり多くの人に伝えられてきた書物なんです。数回読んだくらいでは私には理解しきれないでしょうから。